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Lagom:ほどほどインテリアVol.15

Lagom:ほどほどインテリアVol.15

そしてある日

「私のシークレットガーデンにいらっしゃい。」

そう言ってくれた彼女の声を突然に思い出しました。 

彼女は私が通っていたスウェーデンでの大学の、

テキスタイル学部の担当助教授でした。

 

生粋のイギリス人女性で

苦もなくスウェーデン語を流暢に話し、

白髪の長く美しい髪を頭のてっぺんでキュッとまとめあげ

スウェーデン人に引けを取らないのその長身に

いつも美しくカットされた黒服を身に纏っていました。

 

スウェーデンの大学は日本の大学のそれとは違い、

教授陣も学生も驚くほど、対等な関係を築いていました。

自分の作品や考えを述べる時の学生達の姿は

まるで、教授陣を押すかのように勢いよく、

活発に討論され、その様子には正直圧倒された自分を

今でも覚えています。

 

ただ、そんな教授陣の中で、彼女の存在は格別に異なっていました。

装いからも感じられる揺るぎない美的感覚、

そして、じっと見据える青く澄んだ眼差し。

そこには、他の教授陣には感じられない、威厳と風格を

強く感じさせました。

 

そんなある日、図書館から何冊もの本を抱えながら

教室に戻った私に彼女はこういいました。

 

「私のシークレットガーデンにいらっしゃい。」

 

スウェーデン人は、都会の生活とは一線を引いて、

サマーハウスと呼ばれる別荘や、コロニーと呼ばれる

小さな小屋を隣接させて庭を持っている人々が多くいました。

ただ、想像するようなバケーションとは異なり、

自然を感じることを基本とし、あえて不便な生活環境を

それらの場所で楽しむという、スウェーデン人らしい

発想でした。

 

彼女はそのコロニーを「シークレットガーデン」と

表現しました。

 

街からそう離れていない彼女の庭は、

急な坂道をのぼるその先に、ありました。

 

このコロニーの地区一帯は、家々の人々が大切に
育てた植物や花々で満ちあふれ、まるで別世界のようで
一歩一歩、進むたびにそれはそれは、心躍るおもいでした。
古くなった木の柵を音をあげながら開くと
その庭はありました。
彼女を表現するかのように
色とりどり花々が咲き誇り、選び抜かれた植物が
美しく配置されていました。
「お茶の用意をするから、庭を散策してちょうだい。」
大学で毎日のように会う威厳にみちた彼女とは異なり、
今日、この庭で会う彼女は笑顔で輝いていました。
手持ち無沙汰でいるのも申し訳なく、言葉に甘え
私は庭を歩きました。
花や植物を眺めながゆっくりと歩くと、自然と庭の中央に
立つことが出来ました。
その場所は明らかに、特別な場所でした。
円形にデザインされたその場所は、地面はレンガで覆われ
古い二人掛けのベンチを囲うかのように
花々や植物が植えられ、季節になれば小さなローズがその場所を
守るかのように蔦をつたい咲くようにつくられていました。
「ここで私は毎日のように主人と話すのよ。」
振り向くと、彼女は切り分けたケーキを片手に微笑んでいました。
「上を見て。丁度、青空が抜けるように見えるでしょ。私は
ここに座って彼と話をするの。」
その時、私ははじめて、彼女が愛するご主人を亡くしたことを知りました。
その後、一つ上の学年の友人がそっと教えてくれました。
彼女は晩婚であったこと、幸せな結婚生活を送っていた矢先、
ご主人は大病を患い、懸命な看護むなしく、彼女を残し旅立たれたこと。
そして、この庭はご主人と一緒に、つくり上げた庭だということ。
友人は肩に手を添え、「このことはそんなに知っている人はいないの。
彼女は何にも言わないから。」と言ってくれました。
私たちの学年は誰一人、そのことを知っている人はいませんでした。
他の教授陣ともお茶の時間などで、他愛もなく、家族のことや、
お子さんのこと、はたまた恋人のことなどを話ているとき、
彼女はその青く澄んだ目を細めて、楽しそうに聞いていました。
それから数ヶ月後、彼女は長く美しい白髪を短く切りました。
それは旦那様の、何回忌かを終えたことを意味しました。
時々、大学の彼女のデスクをのぞくと、テキスタイルの専門書に
まじり、植物や花、庭の本がおかれていました。
その度、彼女が珈琲を手に、あのベンチの片方に座り、
空を見上げ、今年植える植物や咲かせた花のことを、
旦那様に伝えているのだろうと思いました。
U様のお父様とお母様の大切なダリアの物語を
お聞きしたとき、私の中でも静かに眠っていたこの思い出が
浮かびました。
もの言わぬ花がつなげる、二つの物語。
時代も国も超えて、「人をおもうこと」の
本当の意味を静かに私に教えてくれるかのようでした。
そして、あの彼女も、好きな花はダリアでした。
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