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Lagom:ほどほどインテリアVol.8

Lagom:ほどほどインテリアVol.8

インテリアではない部屋 のこと

大雪の中、自宅から出れないと嘆きつつも
非力ながら、玄関周りの雪をかき続けた毎日。

旦那さんは慣れない雪道に脚を取られながらも
雪かきのため店舗と自宅を往復してくれているので、
自宅の作業を進めるのは自分の役目と意気込むも、
数十分すると手首は痺れ、足元が冷え込みはじめると、
お茶でも飲もうと早々に家の扉を開ける始末でした。

外よりも暖かな室内の暖気に溜め息をこぼし、
濡れたコートに帽子を脱ぎ捨て、
扉を開けて目の前に鎮座する何も置いてない無機質なテーブルに目をやると
何故だか急に、スーパーに行けたら必ず花を買おうと一人思いました。
でもいい花瓶がうちにはないんだと、思い直し
そうだ、林檎を一袋買って、大皿にのせてもいいな、など
身体は疲労感が残るのに、頭の中は部屋を飾る思案で一杯になりました。

どうしてだろう。
そう思ったとき、級友達と旅したロンドンを思い出しました。



元来の出不精で旅行に出掛けるのは友人の薦めがあって、ようやく。
その時も友人のアンナがロンドン旅行を思いつきました。
今となっては、その旅行の目的は記憶に残っていませんが
そもそも、ロンドンには訪れたこともなく、計画もありませんでした。

それでも、アンナをはじめ、友人達数名で、1週間も満たない
ロンドン旅行を計画、それは勿論、貧乏旅行でした。
出費を抑えるため市内にある男女共同の格安ユースホステルに連泊し
その後、郊外に位置するB&Bに宿を移し、地下鉄を乗り継いで
市内や郊外を観光するのも面白いということで、
飛行機のチケットから宿の手配やらに浮かれる心を抑えつつ、数日が過ぎていきました。

さて当日の朝、私は空港で待ち合わせた4人の友人の姿に驚きました。
荷物はコンパクトにまとめ必要最低限で軽やかにというスタイルに陰ながら憧れ、
私は小さな旅行鞄に必要なものだけを吟味し、
加えて飛行機は格安航空、荷物の制限量も他社と比べかなり厳しいはずでした。

そんな中、現れた友人達のスーツケースは明らかに1~2週間以上の旅行用に使う
大型スーツケースに、小型のキャリーを携える強者まで。
目をぱちくりしていると、アンナが私の荷物を見ながら
「色々考えていたら、全部必要な気になってしまって」と
恥ずかしそうに舌をだし、中身は何?と呆れつつ聞いても、
沢山ありすぎて言えないよと、
可笑しそうに口々に話していました。

一泊目の宿は市内にある小さなホステル。
空港から宿まで大きなスーツケースを助け合いながら押し合い、
慣れない英語表記の地下鉄を乗り継ぎ、歩いていると
ロンドンの大都会の喧噪や華やかさとは裏腹に、
確実に身体に疲労感を覚えさせられました。

ようやく着いた宿のチェックインを済ませ、
指定された部屋の扉を開けると、これまた小さな部屋に
詰め込むように2段ベットがところ狭しと並んでいました。
窓側の奧のベットには先客のヒョッロとした男性が2名。
アンナはあからさまに溜め息をつき、
「上手くいけば私達で、この部屋を使えると思ったのに」と、
悔しがりました。

彼らに簡単な挨拶を済ませ、各々がどこのベットを
取るか話し合っていると、その痩せた男性が
自分たちも外国からで仕事を探しにロンドンに来たと、
早口で自己紹介をした。
多分、彼らは彼らで、上手く行けばこの同室の女の子達と
仲良く飲みにでもと、企んでいたのかもしれません。
アンナはぶっきらぼうに、「私達は観光」と
投げ捨てるように伝えると、その様子に男性2名は
すごすごと自分たちのベットに戻っていきました。
「スウェーデンっていうと、いまだに誤解する男がいるの」と
嫌悪感一杯に顔を歪めました。
そんな彼女達の大きな大きなスーツケースは
今や開けられる事もなく
狭いベットの間に押し込まれ所在なげに
この旅の始まりを静観するかのようでした。

それでも私達にとっては楽しい海外旅行と気分を変え、
次の日は簡単に朝食を済ませ、市内の地下鉄を
乗り継ぎ、目的地まで。
夜は、ロンドンならと皆でパブに寄り、カウンターで
フィッシュ&チップスを頼み、値段の高さに不平をこぼしながらも
なまぬるいビールで喉を潤しました。

明日も早いからと、早々に宿に到着し、思い思い過ごしていると
一人の友人が「どうしよう」と今にも泣き出しそうに
上の段のベットにいた私を覗き込みます。
どうしたの?と聞くと、彼女は元々、アレルギーがあって
食事面は自分で気を付けることができるんだけど・・・このシーツが
と大きな目から涙がこぼすばかり。
皆で彼女の側に集まると、彼女の身体全体が真っ赤な湿疹で腫上がっていました。
確認すると、この宿で使用している化学洗剤が
彼女の皮膚に合わないことが判明しました。

湿疹は時間を追うごとに赤く痒みを増し、こういった安い宿には
つきものの問題かもしれないと友人達と悩んでいると、彼女が私に、
「スウェーデンに電話を掛けたいけど、どうしたらいいの?」と
消え入る声でたずねました。
てっきり病院に対応を聞くのかと思ったら、恋人の声が聞きたいと。
国番号を教えると、即座に電話を掛け、彼の声が聞こえた途端、
彼女は、はち切れんばかりの大きな声で泣き出し、事の顛末を恋人に聞かせました。
皆もそんな彼女を見かねて「もう、これは宿をかえるしかない」と同意しました。
連泊をキャンセルして、郊外のB&Bに前倒しで泊まらせてもらう事になり
フロントにはアンナが話をつけてくれて、先方も友人の湿疹に対して
対応ができないという理由で快く、キャンセルを受け付けてくれました。

次の日、ベット脇に押し込められたいた大きなスーツケース達は
郊外の新たな宿にむかうため、また慣れない道のりを押し合いへし合い
不器用に石畳を小さなタイヤで頼りなく転がっていきました。

しなしながら
その郊外のB&Bは期待を超える程、申し分なく
小さな家の可愛らしい宿でした。
立地が不便ということもあって、
値段も抑え気味でありながら、清潔な玄関口で出迎えてくれたのは
さわやかな印象の白髪の男性でした。
彼は慣れたように朝食のことや部屋の使い方を説明してくれて
遥々スウェーデンからやってきた私達を親切に労ってくれました。

指定された部屋の扉を開けると、大きめな部屋に
人数分の小さめなベット、清潔な真っ白いシーツに、
窓は懐かしい小花が刺繍されたレースのカーテンで縁取られ、
床は深い緑の短毛の絨毯に、
ワイン色のビロードで張られた安楽椅子が
私達に安住を約束してくれるかのようでした。

友人も洗い立てのシーツに鼻を近づけ
「石けん洗剤の香りがする」と目を潤ませ一安心したよう。

各自、大きなスーツケースをベットの横に置き、
待ってましたとばかり荷解きを始めました。
私は、皆の鞄からは何が出てくるのかと
興味深々で作業を見守るとアンナは重そうな鞄から
うす布で包まれた綺麗に細工された
アンティークの写真立てを幾つか取り出し
「これが、私の恋人、これは両親で、これは愛犬の写真と・・・」と
ベットの小脇にあったテーブルはアンナの家族や恋人の写真で
一杯になり、それから恋人に贈る手編みのセーターを
この旅で作ろうかと思ってと、
小さな可愛らしい籠に収められた色とりどりの毛糸玉に編み棒と、
それとこれは祖母から贈られた大事な一品で、と話しながら
枕の上にかぶせる大振りのレースを取り出しては、
途端に小さなベットはスウェーデンのアンナの部屋のように
変貌していきました。

「ねえ、これをみて!」もう一人の友人が私に声をかけ、
同様に鞄から大事そうに取り出したのは、旦那さんとの
想い出の骨董市で見つけたという
艶やかな色や花でデザインされた日本の古い長襦袢。
「これはガウンに使うの」と嬉しそうに話し、
ベット脇にあるハンガーに飾るように掛け、
それからこれも、と、中国を旅行した際に見つけたという
鮮やかなビーズで刺繍された室内履きを床に揃え、
こちらも可愛らしい子供達や家族を写した写真立てを並べては、
自分たちの場所をつくりあげる事に終始、熱中していました。

数ヶ月の長旅ではない、1週間程の短い旅なのに、と
半ば呆れつつも、無機的な自分のベットと比べると
小さな香水瓶や恋人に宛てるためレターセット、
写真立てやレースで飾られた
友人達の場所はまるで別世界のようでした。

大きな鞄に込められていた彼女達の大事な生活の断片。

確かに、これだけの量ならこの鞄の意味があると
妙に納得してしまいましたが、
心地よい空間をつくりあげた彼女達は、
まるで自分の部屋のように実に、
リラックスしながら恋愛や親のこと、
または子供のことなどを
書きかけの手紙や刺繍、編み物に手をかけながら
短い夜を深く堪能するように過ごしました。

それから珍道中はありながらも、無事、スウェーデンの空港に到着すると
出迎えたのは各々のパートナー。
彼らは最愛の恋人や妻を見つけると、不器用に走り寄り小脇に抱えていた一本の赤い薔薇を手渡し、
熱く抱きしめる姿は、さながら映画のクライマックスのように劇的でした。

そんな劇的な再会に呆れつつも各自のパートナーに短い挨拶を交わし、一人バス停まで歩き
夜空を見上げては、彼女達の愛情に溢れた部屋を想像します。

きっと今日も贈られたあの赤い薔薇は、可愛らしい小さな瓶に飾られるのだろうと。
「私の大事なおもいで。」と言って。
窓辺か、ベットサイドか、小さなテーブルに。
そうだ、私も花を買って帰るか、旅のおもいでとして。

都会的でデザイン性の高い北欧のインテリア。
でもそんな代名詞だけの「インテリア」という言葉だけでは片付けられない
スウェーデン人の「部屋」に対する大切な部分を感じた旅でした。

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