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Lagom:ほどほどインテリアVol.2

Lagom:ほどほどインテリアVol.2

『魔女の家だ!』
息子と娘の幼稚園の小さな友人たちが、魔女の家みたいだと興奮して玄関扉を開け閉めしています。その原因は、扉の取手のカタチのせいです。



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取手は、古いアンティークのスウェーデンの木製農機具をそのまま白いペンキで塗られた扉にネジで取り付けた簡素なものです。パイン籠でできた郵便ポストを挟んで、対になった扉が並んでいます。木製農機具とはいっても、専門の職人が工場で製作した鍬のようなものではなく、大量に製作された機能的な道具でもありません。とても素朴な干し草を運ぶためのフォークです。

想像をふくまらせると、むかし、むかし南西部の小さな村に暮らしていたスウェーデン人の農夫がいつものように近所の苔生した森に入り、もしかしたら夕飯のキノコを採りにいっていたときのことなのかもしれません。期待以上に輝くような黄色のカンタレーラキノコを籠いっぱいに収穫できたのかもしれません。キノコを探すのに熱中したばかりに地面ばかり覗き込ん姿勢のおかげですっかり硬くなった腰を伸ばすように空を見上げると、ちょうど空の合間にずっと求めていた道具にぴったりのカタチの良い枝を見つけて、腰にぶら下げた斧で切ったのかもしれません。それからその枝と大漁のキノコを家に持ち帰り、キノコのスープの夕食後に暖炉の前でヘラジカの角柄の美しいナイフを使って、樹皮を剥いで作った名もなき道具だったのかもしれません。


ほとんど何も手を加えることもなく、生えていた樹木の枝ぶりをそのまま生かした道具、作り手の意図がほとんど形状へ反映していない自由で奔放な道具は、軽井沢にあるNATURのための仕入れ商品を探していた際に、偶然スウェーデン南西沿岸部の港町にあるアンティークショップの片隅で見つけました。大きな味噌を作るような樽にささっていた枝。ただの枝にしては使い込まれたようにつるりと光った柄。樽から取り出してみるとなんとも言えない魅力を醸し出していました。樹木が太陽を求めて成長する過程でできた自然原則に従順な無作為な形状が、干し草を運ぶという樹木自身の要望とは全く関係のない人間が求める用途と偶然一致した面白さに惹かれたのかもしれません。





美しさを求めて作られた道具よりも、誤解を恐れずに言うならばその辺りにあるものを適当に組み合わせたような道具に惹かれます。その一見、無思慮で無作為な創作行動に、その道具が使い勝手良くなるようにと込められた使い手の願望のような(祈りと言っては大げさかもしれませんが)を感じることで、その素朴な道具は私たちにとって魅力的な道具へと魔法をかけられたように変容します。
ですから、子供たちの言う “魔女の扉” というのもあながち間違っていないのかもしれないと思うのでした。
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